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千代紙庵の名前の由来と、ちょと千代紙の話。


私、千代紙庵と名乗っております。この名前の由来は、10代~20代にかけて、千代紙コレクターだったからです。江戸っ子なので、いせ辰のを主に集めていました、また鎌倉の民芸品店(今となっては懐かしい言葉となってしまいました。)で京都の物を買い集めていました。
家族以外は知らないのですが、高校生のとき姉様人形を作っていました。(今つくれるかな。同級生には話してない。)
コレクター心理というのでしょうか、プラモデルマニアが、蒐集用と作って楽しむように2個買うように、私も観賞用と千代紙細工用と別に持って居ます。千代紙細工用の葛籠の中には、今となっては絶版物や、一枚数千円の物も。

私が思う千代紙の定義は、浮世絵と同じ木版画で、板元も制作工程も職人も同じです。産地は江戸ー東京・京都・大阪だけで、出版メディアの落とし子ですね。大奥から裏長屋まで、女子供の手草ものでした。
例外的に大名千代紙という大人の男の人が儀礼に使うものもありますが、女性が可愛い物をつくったり(今の40代の方はご存じないでしょうが、1970年代サンリオという会社が現れるまでは、可愛い物は自分で作らないと手に入らなかったのです。)
やはり最大の顧客は子供でしょう。おもちゃでもあり、図鑑でもあり、そうそう姉様人形は、ファション教育でもあったのです。

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こちらは江戸千代紙、いせ辰のものです、秋の柄と、見ていて元気になる女子会「百福(おかめさんの楽しい生活!)」。江戸千代紙の原画は浮世絵師が描くのですが。左上の「明月」はプロデュサー松平定信、画は谷文晁と当時の最上インテリグループの生み出したものです。

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つぎは京都のもので、着物の下絵職人が描いたものらしいです。舞妓さんものや有職柄(能楽を趣味としているので嬉しい)と京都らしく、千代紙細工に使いやすい柄がいいですね。そしてやさしい柄が多いです。さくら井堂が好きです。

印刷した、和風模様紙を千代紙と称して売られています。時代の流れなので仕方がないですが、大人向きであることと、柄が細かすぎるのには賛同できません。人形作家さんの意向もあると思いますが。千代紙のファンタジーを損ねている気がして好きになれません。子供も好きになれて適度に大きな柄のも作った昔のひとは、えらい。

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