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鎌倉大仏 高徳院 大仏さまは触れる国宝です。 アクセスデータ付き

鎌倉大仏 高徳院
鎌倉大仏 高徳院 

3月の連休の中日の日曜日に、行ってきました。老若男女、国内外の人たちが想像以上に、多数お参りしていました。日本国民ならずとも、世界中の人が知っている大仏様です。

高徳院・鎌倉大仏のみどころ

大仏様がメインになるお寺ですが、大仏様の後ろの李王朝の観音堂も、なかなか女性らしくて良い建物です。そのそばに大きな「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」与謝野晶子の和歌の石碑が立っています。

仁王門

江戸時代に、仁王像と門は他から移設されました。仁王様のお迎えはわくわくします。

明和五年 八脚門 三×二間 切妻・銅板葺き 丸柱 三斗・蟇股

国宝 鎌倉大仏 阿弥陀如来像

総高(台座を含む)13.35m 仏身高 11.312m 仏体重量 121 t
宋の影響を受け、当時の最高水準の工法で作られました。

20円はらうと、大仏様の体の中に入れます。胎内拝観。ぜひ体験したください。大仏様に触ることもできます。国宝に触れるのは滅多にない体験です。

お上のほうから、鎌倉大仏も大仏殿の中で保護し、観光客が触れないよう展示するよう提案がありました。住職さんが反対しました。このまま大仏は露座で、直に触れることが、信仰という理由でした。

大仏様に、イタズラしないように、触れる国宝じゃなくなりますよ。

毎年7月13日、12月13日に高圧洗浄をしているので、綺麗な大仏様が見たい人は、この直後に行くのもよろしいかと。

高徳院 大仏「

高徳院 大仏

観月堂

15世紀中頃、漢陽(今日のソウル)の朝鮮王宮内に建築されたと、伝えられる建物です。大正年間に移築されました。曲線を描く屋根が優雅な建物です。ここには観音様がまつられていています。鎌倉観音霊場二十三番札所となっています。

李朝後期 三間堂 三×二間 切妻・瓦葺き 角柱 大斗

高徳院 観月堂

高徳院 観月堂

梅かまくら特別参拝、書院にて、鎌倉大仏の特別講話

大仏様ですね、20年ほど見ていません。何度もこの辺りは通っているのですが、大仏様は入場券を買ってお寺に入場しないと見れないものですから、住んでいても見られないのです。大船観音のほうが電車で大船駅を通るだけで、お姿が見られるので、サービス精神旺盛だなと思っております、鎌倉市民です。

2016年3月20日鎌倉十三仏詣り主催の、梅かまくら特別参拝で、高徳院に行きました。非公開の庭園を、書院から拝見し、オバマ大統領も来た書院で、慶應大学の教授でもある、考古学者の、佐藤孝雄住職に大仏のことをレクチャーしていただきました。

この会は、年2回行われているそうです。春の回は梅かまくら特別参拝になります。写真撮影自由、レコダーの持ち込みも可で。最後には質疑応答がありました。

非公開の庭園を拝見

観光客の喧騒が嘘のような、静かな庭園を拝見しました。二枚目の写真は書院から写したものです。

高徳院 未公開庭園

高徳院 未公開庭園

高徳院 未公開庭園

高徳院 未公開庭園

高徳院 未公開庭園

高徳院 未公開庭園

大仏様のことを、いろいろ聞きました 2016年

2016年の調査は解析結果がまだなので、その前の調査結果でのお話し

住職さんが「50年目の健康診断」と呼ぶ、2016年1月13日~3月11までの保存修理作業がニュースになりました。読売新聞ニュース

今回は、調査の解析結果がでていないの、その前の調査でのお話になりました。来年参加すれば、今回の調査結果のことが聞けそうです。

大仏が建てられた謎、国家的事業なのに、幕府がかかわってない?

大仏建立のことが詳しくわかる文書がない。幕府のお膝元での大工事なのに吾妻鑑の記載も少ない。謎だらけです。

大仏殿が、大風なので壊れたことが、建武元年(1334)太平記、応安2年(1369)鎌倉大日記。複数回あったようで、その都度建てられました。明応七年の地震以降は大仏殿の再建はなく。大仏様は露座になりました。

何度も壊れては建て替えられた、大仏殿はなぜ、明応の大地震以降、再建されなかったか、これも謎です

津波は来たか問題、今のところ結論は出ていません。

鎌倉大仏といえば、津波が来て大仏殿をさらっていった、話が有名です。地元民としては気になるところです。2011年にボーリング調査で、一部塩の痕跡があったそうですが、津波なのか、高潮なのか、それも来なかったのかの、結論が出ませんでした。今後の研究に期待しましょう。

近頃、大仏様は何で地震に強いか、耐震研究されてます。

関東大震災で、鎌倉は大打撃をうけました。寺社をはじめとする多くの建物が壊れました。大仏様は無事でした。大地震にいくつもあい、先の東日本大震災でも無事でした。

裏話と、環境考古学者の住職さんの、取り組みたい研究課題と質問。

鎌倉大仏、高徳院は、檀家を持たないお寺で、檀家は20数家しかないそう。歴代の住職の関係者でだけだそうです。経営が苦しくで、開国後は外国人観光客に、写真撮影サービスとかしていたので、住職さんの家にガラスの乾板写真が残っているそうです。これを横浜港の記録と照らし合わせて、誰が写っているのか確定したいそうです。

質疑応答では、ある写真の撮影ポイントが境内ではなく何処か、地元民しかしない鋭い質問もありました。答えは、門前の病院の屋上。

また「朝のおつとめは、大仏様の前でやるのですか」という質問があり、外の大仏様のときも、屋内の観音様のときもあるとお答えになっていました。冬のおつとめは、大変そうです。

環境考古学者の住職さんが考えている研究課題
⑴大仏各部からの新たな銅サンプルの採取。銅同位体比検討→文化庁に断られた。
⑵乾板写真の風俗史・環境史的考察→スカスカの松林から、タイワンリス遊ぶ豊かな森に。
⑶外国人の紀行文等にみられる記述の集成とその比較文化学的考察→小泉八雲の紀行文など。

2017年の梅かまくら特別参拝での話

昨年と同じく客殿での、考古学者で慶応大学教授の佐藤住職による特別講話があり、鎌倉大仏について話されました。その後非公開庭園のを散策しました。昨年の大仏様の「50年目の健康診断」の結果も少し話していただきました。今回印象に残った話。

大仏様のことを、いろいろ聞きました 2017年

大仏様の顔に金が残っています、「メッキ」なのか「金箔を貼った」のかただ今分析中ですが、メッキならば水銀が残っているはずですが、出ていなそうです。鎌倉時代の水銀は蒸発すしているかも知れないので、「メッキ」「金箔」の結論出ませんでした。

雨上がりに夕方ライトを当てると、大仏様が金色に輝きます。(写真見せてもらいました、本当に金色)

大仏様の背中にある扉は、何のためにあるのかというと、大仏を鋳造するための原型の土砂を外に出すものだったのです。この扉は江戸時代建長寺が管理してました。聞いたときマジと思いました。当時は宗派のことがウルサクなくて、(建長寺=臨済宗 高徳院=浄土宗)有力なお寺だからということで管理していたそうです。

背中には何に使った不明のフックの跡もあります。

大仏様に何かあったときのために、高次元の3DCGを何回も作成しています。測量のため内側と外側を夏冬で計測したら、金属の収縮率でデータが合わなったことがあったそうです。大仏胎内拝見で、大仏様に触ると、冬は冷たく夏は触れないほど熱くなります。

大仏殿、建物に入ってない露座の大仏様は、実は東南アジアの小乗仏教の人たちに信者が多いそうです。(そういえば同じ露座の大船観音も、アジア・エスニックの人たちの信者が多いと、聞いたことがあります。)

高徳院のサイトの写真は、ほとんど住職さんが撮影されています。

非公開庭園の写真

前回は書院から撮影でしたが、今回は実際に庭園の中を散策させて頂きました。少し写真をあげます。

高徳院 非公開庭園

高徳院 非公開庭園

高徳院 非公開庭園

この蛙さんに逢いたくて、昨年に引き続き、2回目の参加になりました。

高徳院と大仏とは

鎌倉大仏 高徳院

鎌倉大仏 高徳院 背面

宗派 浄土宗

山号寺号 大異山高徳院清浄泉寺

創建 暦仁元年(1238)鎌倉時代
本尊 阿弥陀如来

鎌倉三十三観音霊場巡り 第二十三番札所 聖観世音菩薩

源頼朝の侍女・稲多野局(いなだのつぼね)が思いたち、僧浄光が資金集めをして作ったと伝えられている。奈良の大仏が勅命によって国を挙げて作られたの対し、鎌倉大仏は民衆の浄財を集め完成に至ったといわれる。

暦仁元年(1238)に着工し、六年後に完成した大仏殿は当初木造であった。だが、宝治元年(1247)、大風で倒壊、建長四年(1252)に現在の青銅像が鋳造され、大仏に安置された。その後大仏殿は二度の大風で倒れ、その都度復興されたものの、明応七年(1498)、津波で流されてからは、露座の大仏として今に至っている。

鎌倉の寺 小事典

アクセス方法

webサイト:  http://www.kotoku-in.jp/index.html
住   所: 神奈川県鎌倉市長谷4-2-28
電   話:  0467-22-0703
駐 車 場:  なし
入場時間 :  4月~9月 8:00~17:30
10月~3月 8:00~17:00
大仏胎内拝観時間 8:00~16:30
拝 観 料:  大人200円 小学生150円 未就学児無料
団体料金30名以上 大人170円 中・高生150円 小学生100円
保育園・幼稚園児¥100 *30人未満は¥150
団体は要電話で事前連絡
大仏胎内拝観 20円別途追加
喫   煙: 全域禁煙
そ の 他: 段差なし(スロープ有)・車いす用トイレ有・AED設置
御朱印受付: 受付 1件 300円

アクセス方法

電車:江ノ島電鉄長谷駅 徒歩7分
バス:江ノ電バス 鎌倉駅東口⇔藤沢駅・桔梗山・湘南車庫 大仏前下車 すぐ

京浜急行バス 鎌倉駅東口⇔藤沢駅・鎌倉山・大船 大仏前下車 すぐ

神奈川県鎌倉市長谷4-2-28

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2016年3月26日初出
2017年3月12日改訂・URL変更
2017年5月12日改訂

鎌倉の、ヴィジュアルの良いところを紹介する、ガイド記事を、目指して書いています。

ブログを書くときは、実際に神社仏閣に行って、情報を足で歩いて探して書いています。今のところ有名な名所が、抜けていますが、ご容赦ください。鎌倉市内の観光エリアの寺院はすべて取り上げる予定です。

当ブログ管理人 山本は鎌倉に住んで47年になります。鎌倉市民だから知っている、情報も書きます。他で読むことのない、鎌倉観光情報サイトにいたします。

鎌倉らしい日本の古典デザインの、家具をデザインしたいと思っています。鎌倉の名所めぐり、勉強になります。デザインのヒントもいただけて、ワクワクしながら、取材しています。

投稿者プロフィール

山本
平安・鎌倉・室町時代の有職故実デザインの家具・インテリアを、売りたい!と業界ををリサーチしたら、どこも作っていませんでした。絵なんて30年描いていませんが、もう私がデザインするしかない。
雅で品格ある、有職故実のインテリアを世に出すのが、目標。

なお、古いものなら、ヨーロッパのものも大好き、美術・ファションも好きです。十代のころは歴女、二十代は、古典文学と耽美主義と能楽ファンだったので、そちら方面のエントリーも書いてます。

Twitter 江戸唐草

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ほぼ家具のこと。

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