スポンサーリンク

シェアしていただけると、嬉しいです。

妙本寺 大町 必見!鎌倉駅から8分で行ける異世界、比企一族と竹御所の悲劇の寺 アクセスデータ付き。

妙本寺 二天門
妙本寺 二天門

友達を、鎌倉案内で、一番最初に連れて行くお寺です

妙本寺に、10代・20代のころ、友人が遊びに来ると、鎌倉駅から妙本寺に直行しました。一番最初に連れて行って、このギャップに驚いてもらいました。

人通りの多い、若宮大路から、花が綺麗な、おんめ様をぬけ、本覚寺前から山の方に折れると、長い坂道を上ります。そこは杉木立に囲まれた静寂の世界。

朱色の二天門をくぐると広い境内に、大きなお堂があります。
源頼家の妻、若狭局とその子一幡の悲劇、比企一族滅亡の地です。そんな歴史を知らなくとも、ドラマティックな雰囲気が漂います。深い緑に囲まれていると、鎌倉時代そのままだと思い込みそうです。歴史好きなら、きっと源頼朝の乳母で権勢を誇っていた比企一族の、お屋敷がここにあるのを、簡単に想像できる空間です。

2018年2月の梅かまくら特別参拝に、参加しました。祖師堂と本堂に上がりましたので、レポートを書きます。

見どころ

妙本寺の主な建物は、江戸時代のものです。これは市内でも、古建築が良く残っているお寺です。「昔の鎌倉はこうだったんだ!」思わせるお寺です

頼朝の乳母の比企一族の屋敷跡です。二代将軍源頼家の子、一幡と竹御所、比企一族の墓があります。歴史の息吹が感じられます。

総門、鎌倉で一番大きな総門です。

総門(敷地の一番外側にある、大きな門)では鎌倉で一番大きな門です。
四脚門の形式の門です。円覚寺・建長寺の総門に並ぶ規模です。近くに行くと存在感があります。

江戸後期 四脚門棟柱繁貫式 一間×二間 切妻・銅板葺き 丸柱 三斗詰組 棟通撥束二 市指定

妙本寺 総門

妙本寺 総門

妙本寺 総門

妙本寺 総門を横から見る

妙本寺 総門

妙本寺 総門

参道 緑が深い坂道、ここは是非、歩いて下さい。

blogPB223135

妙本寺 参道

妙本寺 参道

二天門、弁柄色が印象的です。

山門のことを、日蓮宗では二天門と呼ぶそうです。四天王のうち、右ー持国天と左ー多聞天と二天を祀っています。江戸時代の嘉永元年(1848)に祖師堂に続いて建てられました。弁柄塗りの門です、龍の彫刻は日本では珍しい、羽根のある龍です。平成の修理で、鮮やかさを取り戻しました。

紅葉の木と相まって、鎌倉を代表する光景です。

嘉永元年 八脚門 三間×二間 切妻・瓦葺き 丸柱 出組・蟇股

妙本寺 二天門

妙本寺 二天門 表

妙本寺 二天門

妙本寺 二天門 裏

妙本寺 二天門

妙本寺 二天門の羽の付いた龍の彫刻

一幡君の袖塚・比企一族の墓

二天門をくぐり、境内右手にあります。

比企氏は源頼朝の乳母であり、二代将軍頼家の側室、若狭の局の実家でした。若狭の局に、頼家の嫡子、一幡が生まれたことで、危機をいだいた、北条時宗・北条政子により建仁三年(1203)滅ぼされました。

一幡は6歳でなくなり、焼け跡から見つかった小袖の供養塔です。背後の山際には比企一族の墓が並んでいます。

妙本寺 一幡君袖塚

妙本寺 一幡君の袖塚

妙本寺 比企一族の墓

妙本寺 比企一族の墓

祖師堂

祖師堂は日蓮上人が祀られています。鎌倉で一番大きなお堂です。本堂とは別になります。

江戸時代に、江戸で勧進が行われ、妙本寺の整備が進められました、祖師堂も、江戸の庶民たちのおかげで建てられました。以前は茅葺入母屋で、中央間が二十尺に近い五間大堂。柱が太く、禅宗様式で建てられています。

江戸時代天保九年 五間×六間向拝つき 入母屋・瓦葺 丸柱 三手先詰組

祖師堂のことを、あーでもない、こーでもないと、語っています。

とってもヴィジュアルの良いお寺 妙本寺のアクセスページ付きのエントリー 観光にお役立てください 鎌倉の駅からこんなに近くて、別世界の...
妙本寺 祖師堂

妙本寺 祖師堂

blogPB223215

blogPB223202

妙本寺 祖師堂

妙本寺 祖師堂

妙本寺 祖師堂

妙本寺 祖師堂 正面の彫刻

祖師堂前の海棠、中原中也・小林秀雄

この木の前で、 女性問題で、仲たがいしていた、詩人、中原中也と評論家、小林秀雄は、和解しました。

妙本寺 本堂前の海藻

妙本寺 本堂前の海棠

妙本寺 本堂前の海棠

妙本寺 本堂前の海棠

仙覚律師之碑

仙覚(せんかく)は鎌倉時代初期の天台宗の僧で、比企一族です。万葉集の校訂を、四代将軍頼経の命によりしました。

竹御所・源よし子・鞠子様の墓

祖師堂左手の石段を登り、墓地を一番奥まで行くとあります。

妙本寺は「源よし(女偏に美)子」という表記をしています、竹御所・鞠子様のお墓です。

竹御所は、数奇な生涯をおくっていることから、しばしば歴史小説に取り上げられています。二代将軍源頼家の娘として生まれ、源頼朝と北条政子の最後の子孫となった女性です。生まれた翌年頼家が殺されました。十四歳で実朝の正室坊門信子の猶子になり、二十八歳で十三歳の四代将軍九条頼経と結婚し、三十二歳でお産で亡くなりました。

鐘堂 本堂 客殿寺務所 方丈門

観光客はあまり行きませんが、建物が良かったので紹介。関東大震災で崩落し、昭和になってから再建されました。本堂は、人びとが集まる場所にしたいという、当時の和尚さんの願いで、柱のない広い空間になっています。

客殿寺務所では、御朱印の受付や、万葉集の校訂をはじめてした、仙覚にちなみ素敵な万葉集の花の絵葉書を売っています。

客殿寺務所の先、一段下がったところに、出来たばかりの新しい公衆トイレがあります。

妙本寺 本堂

妙本寺 本堂

妙本寺 本堂

妙本寺 本堂

妙本寺 客殿寺務所

妙本寺 客殿寺務所

妙本寺 方丈門

妙本寺 方丈門

蛇苦止堂(じゃくしどう)

名前も怖いが、伝説も怖い。

比企の乱で一族が滅亡した50年後、北条政村の娘が、取りつかれて、もだえ苦しむ病気にかかりました。若狭の局の霊が、蛇に生まれ変わり比企谷の土中で苦しんでいることが分かり、若狭の局を供養するようになりました。

方丈門の左手の石段を登ってください。住宅があるので整備されています。

妙法寺 蛇苦止堂

妙法寺 蛇苦止堂

おまけ 比企谷幼稚園

こちらもぜひ

とってもヴィジュアルの良いお寺 妙本寺のアクセスページ付きのエントリー 観光にお役立てください 鎌倉の駅からこんなに近くて、別世界の...

昭和の初め、鎌倉で2番目に出来た幼稚園です。関東大震災復興ということで、廃寺になったお寺の跡地に建てられました。この特徴的な建物は開園当時から使われています。園内には開園の時から今も動いている、大時計もあるそうです。歴史ある幼稚園なんです。

私は小学生の時はじめてここに来た時、ここの幼稚園出たかったな!と思いました。大人になっても通りがかるたびに、幼稚園はここに通いたかったよーと思います。
どうしてかというと、園舎が八角形で竜宮城みたいなんだもん。

比企谷幼稚園は、総門のそばにあります。なんか楽しそう。

妙本寺 比企ヶ谷幼稚園

妙本寺 比企谷幼稚園

妙本寺 比企谷幼稚園

妙本寺 比企谷幼稚園

梅かまくら特別参拝で、祖師堂と本堂に上がりました。

2018年2月13日の妙本寺の、梅かまくら特別参拝に参加しました。梅かまくら特別参拝の内容は各寺院にお任せしているそうです。妙本寺のはその中で、客殿で茶菓子のお接待があるので、評判が良いそうです。

祖師堂・本堂・客殿とも写真撮影が出来ませんでしので、お写真はありません。

祖師堂で法要

格子戸がミステリアスで寝殿造りみたいな、祖師堂に上げてもらいました。正面の格子戸から出はなく、脇から入りました。両脇の扉を開け硝子戸にしているので、中は明るかったです。堂内は無塗装の白木で、格天井に太い丸柱と外観そのままな素朴で力強い造りでした。木が黄土色でした。

内陣には祖師像の厨子をのせた、大きな須弥壇がありました。須弥壇・お厨子とも彫刻と岩絵の具での彩色が施されていました。色鮮やかです。須弥壇にうさぎの彫刻がありました。

妙法寺の日蓮上人の像、祖師像は、日蓮の生きている時に制作され、一本の木から3体作られました、他の2体は池上と身延山にあったそうです。

はじめ厨子の中の祖師造が良く見えませんでした。法要がはじまるとお坊さんが須弥壇の階段をに昇り始めたのです。太鼓を叩いたり、鐘を鳴らしたりと、一人で豪勢にやっていました。他の宗派とは違いますね。厨子の左脇に坐ったお坊さんが、白い紗のロールカーテンを上に上げてお祖師様のお顔が拝見出来ました。若々しい日蓮上人でした。お顔が良く見えなかったのは紗の布がかかっいたわけです。お坊さんはその場所でお経を唱え、また白い紗を降ろしました。最後にお厨子に後ろを見せないように、後ずさりしながら須弥壇の階段をおり、終わりました。

その後堂内を案内してもらいました。江戸時代の大きな寺院の屋根についていた、巨大な懸魚が堂内にありました。漆塗りで幕府肝いりで建設されたのですが、建設中止になり、妙本寺はこの寺の部材を貰い請けたそうです。

妙本寺 祖師堂

妙本寺 祖師堂 お堂へは脇から入りました。

本堂で涅槃像の解説

客殿に移動し、茶菓子のお接待を受けました。お菓子は鳩サブレーで万葉集の絵葉書もいただきました。

客殿の隣の本堂に移動しました。床の間には2月15日の涅槃会のために、大きな涅槃図が抱えられていました。職員の僧侶が、涅槃図について説明して頂きました。猫は摩耶夫人が天上から投げた薬が木に引っかかったのを、取りに来た鼠から横取りしたので、涅槃図には描かれないそうです。知らなかった。

本堂左手に、桜の花が描かれた杉戸がありました。これは当時の住職さんが奮発したものだそうです。

妙本寺とは

宗派 日蓮宗
山号寺号 長興山妙本寺(ちょうこうざん みょうほんじ)
創建 文応元年(1260)
開山 日蓮上人
開基 比企大学三郎能本
本尊 十界曼陀羅御本尊

日蓮宗の霊跡本山、「比企の乱」で知られる比企一族の邸宅跡である。開基も比企能員の末子、能本と伝えられる。日蓮聖人帰依した能本が邸喜捨、妙本寺が建立された。

山号の長興は能本の父能員の法号、妙本は母の法号、日蓮聖人が身延に隠遁すると、日朝はここを拠点に布教を行い、やがて同寺は日朝門下の拠点として信仰を集めた。

鎌倉の寺 小事典

アクセス方法

webサイト: http://www.myohonji.or.jp/
住   所:  〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町1-15-1
電   話:  0467-22-0777
入場時間 :  特になし
拝 観 料:  無料

アクセス方法

最寄駅:JR横須賀線線鎌倉駅・江ノ島電鉄鎌倉駅

徒歩 :鎌倉駅東口より8分

神奈川県鎌倉市大町1-15-1

近くの、神社・お寺・カフェ・史跡
小町大路(若宮大路の東を平行に通る道)周辺を、鶴岡八幡方面から、大町方面の順番です。
宝戒寺
後醍醐天皇が足利尊氏に命じて、建てた寺。 白い萩の花で有名です。鶴岡八幡宮を前の道を、二階堂方面に小町小路と、鶴岡八幡宮前からの横大路が交...
このデザイン、面白い!で見る、宝戒寺 宝戒寺の、観光に使える、アクセスデータ付きの。ガイドは近く書きます。 今回は、無責任にも、宝戒...
東勝寺跡 腹切り櫓(やぐら)
中世史好きによる、中世史好きのための、鎌倉散策ツアー に参加しました。 古部左馬之介満敬さんのツイートで、「中世史好きによる中世史...
大仏次郎茶屋 作家 大仏(おさらぎ)次郎の家、週末はカフェになります。
大佛次郎茶亭 10月3日、今日は大佛次郎茶亭(おさらぎじろうちゃてい)の一般公開日でしたので、行ってきました。ねこの絵がかわいい。...
日蓮辻説法の跡
鎌倉時代の繁華街で、日蓮上人が布教活動 小町大路 日蓮辻説法のある通りは、小町大路といいます。鎌倉時代は、有力御家人の屋敷と庶民の住...
蛭子神社
明治時代に、本覚寺から別れた、えびす様。 若宮大路の二の鳥居、大きな狛犬がいる段葛が始まるところから、右に曲がる教会がある道の突き当りが、...
宇津宮稲荷
小町の鎮座は、幕府の跡にあります。 小さなお稲荷さん。周囲に住民に守られたお稲荷様が、若宮大路のカトリック教会と鎌倉彫会館の間の路地にあり...
珈琲 井川
喫茶店がある、幸せ。 観光地なので、昭和な喫茶店が何店舗も残っています。その風があるのでしょうか、観光エリア以外の大船にも喫茶店が残ってい...
本覚寺
鎌倉駅のそばで、多くの観光客が来ていました。 本覚寺、日蓮宗の寺で駅に近く、若宮大路のスルガ銀行の裏にあります。 近くにはこんな喫茶...
本覚寺の紹介とアクセスデータはこちら 2016年のお正月は元旦の朝、鶴岡八幡宮に初詣に。2日は、鎌倉駅からも近い。本覚寺の初夷(は...
妙本寺
とってもヴィジュアルの良いお寺 妙本寺のアクセスページ付きのエントリー 観光にお役立てください 鎌倉の駅からこんなに近くて、別世界の...
ぼたもち寺 常栄寺
ぼたもち寺伝説 通称ぼたもち寺、常栄寺です。 日蓮上人が、文永八年(1271)九月十二日、裸馬に乗せられ、市中引廻しの途中、この地に...
八雲神社 大町
由緒ある神社です。 2015年11月連休に行きました、けっこう参拝客が来ていました。厄払いで有名だそうです。わざわざ遠方からお見えの方もい...
教恩寺

小さなお寺で、探すのに迷いました。 ぼたもち寺のそばです。小さなお寺で、探すのに迷いました。細い路地を行き探しました。 いつも行くスワニ...

2015年11月29日初出
2015年12月1日初出
2015年12月2日初出
2016年8月11日URL変更加筆改訂
2018年2月17日加筆一部写真張替
2019年4月18日写真追加改定

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアしていただけると、嬉しいです。

フォローで応援、お願いします!

トップへ戻る