獺祭の桜井社長の講演会
本日 2014年7月31日鎌倉商工会議所で行われました、幻の吟醸酒、獺祭(だっさい)の旭酒蔵株式会社 代表取締役 桜井博志 氏の講演会に行ってきました。
その日のうちに、ブログのエントリーを投稿するのは、なかなか出来ないんです。今回は講演会の熱気が冷めないうちに、書きとめておきます。
純米大吟醸 獺祭 だけを製造しているそうです。100%山田錦だけ使用、山田錦の全国の生産量の1割強を使い、驚異の2割3分まで、米を削っているそうです。杜氏ではなく、社員の青年たちが製造しています。これは日本酒マニアならば、もっと詳しいと思います。
講演で気になった話
家具をやっている人間として、気になったことは、
「手法は結果のため、手法にこだわるな。」
酒は室町時代から、家具は縄文時代から、古い産業です、ついつい、○○製法とか××造りと、製造工程をアピールポイントにします。
それが、商品としての目的に適うのか。酒ならば、うまい酒を作るのが目的、○○造りや△△醸造を飲むんじゃない、ということかな。
岩国税務署管轄の酒蔵で、第4位の最小酒蔵だったので、地元では相手にされず、東京ばかりか全国に営業に行っていたそうです。たまたま東京で火がついて、東京での名前が「獺祭」だったそうです。
社長さんの話では、獺祭は幻の酒にしたくない、来年3月完成に向けて、工場を新設中。
それと減反政策から山田錦がはずされました。温暖化で新潟の他北関東でも取れるようになったそうです。(日本政府、頭いい。おいしい日本酒を世界にどんどん輸出しよう。ワインみたいに文化も売れるといいな、いいぞ。)と山田錦が増産されれば、おのずと獺祭が出回り手に入り易くなるようです。数年先を楽しみにしましょう。
寝る前に、ちゃちゃと書いたので、このエントリーは、後日、講演内容をもっと書きます。次回訪問したときも、お読みになってください。では、おやすみなさい。2014年7月31日深夜に書いたものです。
追記
桜井社長がはじめに「山奥の過疎地、県内米が入らず、杜氏が優れていなかった、杜氏に決別宣言された。」とキーワードを出して、だから我社は飛躍したのだと話されました。
成功する地場産品企業で良く聞くのは、もともと地元で売れていた。原材料も製造技法も土地のもので、ほかの地方にはない。というのが伝統産業の、ウリです。
杜氏さんは、雇っている社長さんすら口を挟ませないのを、こちらの社長さんは、色々言ってくる上に、経営危機で杜氏さんは止めてしまったのだそう。
逆転の発想
最低最悪の状態を、吉に替えたのは、逆転の発想、地元がだめなら、全国に海外に営業、今ではパリに、ニューヨークにお店出すまで成長。
原材料は良いものを仕入れる。肝心の製造は、社長に口を挟ませない杜氏ではなく。社員がする。他の産業は自社の社員が、製造生産管理するのが普通なんですけれど、酒醸業は変わっていますね。
それでも、吉にするのに、何年もかかったそうです。結果的に『自由』を手に入れたと思います。この『自由』は同業他社さん、簡単に手に入れられない、ものでもあります。
同業者も大変
桜井社長さんの人柄だと思いますが、同業他社さんに温かい目を向けているのです。
灘・伏見の大メーカーは、巨大タンクで醸造するので、高度な技術がいる、大学の醸造科卒、それこそ東大卒を入社させないだめじゃないのかという。別な困難がある話を。
有力な地酒メーカーは、地元の経済界で中心的な立場になりがちで、お米も地元生産団体から仕入れたりと、地元から離れられないとも、話していらしゃいました。
入手困難です。
ホームページを見ると、市内にも隣の逗子にも、小売しているお店があるのですが、現在売り切れ中で、試飲会はなし。酒瓶すら会場にはありませんでした。
2014年7月31日初出
2014年8月7日追記
2016年6月21日改訂
2016年8月23日改訂